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浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)992号 判決

原告

戸張勝

原告

戸張あけみ

右訴訟代理人

井上豊治

細川律夫

被告

株式会社曙興業

右代表者

戸田豊清

右訴訟代理人

秋山昭一

田山睦美

被告

染谷勝巳

右訴訟代理人

細田英明

主文

一  被告株式会社曙興業は、原告ら各自に対して金一〇一一万九七二四円及びうち金九一一万九七二四円に対する昭和五四年五月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告株式会社曙興業に対するその余の請求及び被告染谷勝巳に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告曙興業との間に生じた分は右被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告らは連帯して、原告ら各自に対し金二七七七万〇三五〇円及びこれに対する昭和五四年五月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

戸張義幸(昭和四六年三月二二日生、当時八歳、以下「亡義幸」という。)は、昭和五四年五月六日、埼玉県北葛飾郡吉川字下道下三一三番地所在の埋立整地作業現場(以下、「本件現場」という。)内の水の溜つている穴(以下「本件穴」という。)に落ち込み溺死した(以下、以上の事故を「本件事故」という。)。

2  原告らの地位

原告戸張勝は、亡義幸の父であり、原告戸張あけみは、亡義幸の母である。

3  被告らの責任

(一) 本件穴は、昭和五四年五月二日、被告株式会社曙興業(以下「被告曙興業」という。)の従業員鈴木教彦が掘つたものであるが、その大きさは東側3.8メートル、南側3.2メートル、西側2.4メートル、北側3.3メートルであり、その深さは1.7メートルである。

本件事故当時、本件穴には濁つた水が溜つており、そのため本件穴の深さ等は分からない状態にあり、本件穴は大人でさえも過つて落ちれば溺死するような極めて危険なものであつた。

(二) 本件現場には、右の危険を除去するための防護柵の設置等何もされていなかつた。

(三) 本件穴は、土地の工作物であり、本件事故は右(一)、(二)記載のとおり、本件穴の設置・保存に瑕疵があつたために生じたものである。

(四) 被告曙興業は、被告染谷勝巳(以下「被告染谷」という。)から、同人の所有する田を畑にするため埋立整地を請負い、本件現場及び本件穴を占有していた。

(五) 被告染谷は、本件現場の土地所有者であり、かつ、本件現場及び本件穴の占有者である。すなわち、被告染谷は、本件現場の埋立てを被告曙興業に請負わせる以前は本件現場を所有者として直接占有していたものであり、その占有状況が被告曙興業に埋立てを請負わせた後も何ら変つていないことは、本件現場において被告曙興業が被告染谷の占有を排斥するような表示(看板等)は一切していないこと、被告曙興業の者が本件現場に来るのは残土等を運んで来て捨てるときだけであること、本件現場の残土等は「捨場」に残土を山積みに捨てたままで、これから整地にかかろうという状態にあつたこと、本件現場の東南にはまだ残土等が置かれていない部分があり、その広さは全体の四分の一もあり、その中に本件穴があつたこと、被告染谷は、埋め立ての進行状況をときどき見ており、四月下旬には被告曙興業に対して工事を早めるよう催促したことから明らかである。仮に、被告染谷が本件現場を直接占有していないとしても、本件事故当時、被告染谷は被告曙興業を占有代理人として本件穴を含む本件現場を代理占有していた。民法七一七条にいう占有は、間接占有をも含むものである。〈以下、事実省略〉

理由

一事故の発生

亡義幸(昭和四六年三月二二日生、当時八歳)が昭和五四年五月六日死亡したことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、亡義幸が、昭和五四年五月六日午後、埼玉県北葛飾郡吉川町吉川字下道下三一三番地所在の埋立整地作業現場(本件現場)付近の田に佐藤金美、土屋登らと共に赴いたのち、一時行方不明となり、捜索の結果同日夜九時すぎころ、本件現場内の本件穴で、死体で発見された事実を認めることができ、一方、本件全証拠をもつてしても、右亡義幸の死について第三者の関与があつたこと、あるいは、亡義幸の死が溺死以外の原因によるものであることを窺わせる事情の存在を認めることはできない。右事実によれば、亡義幸は、昭和五四年五月六日、本件穴に転落し、溺死したものと推認するのが相当である。

二原告らの地位

原告戸張勝が亡義幸の父であり、原告戸張あけみが亡義幸の母であることは、当事者間に争いがない。

三被告らの責任

1  〈証拠〉によれば、次のとおりの事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件現場は、日本住宅公団吉川団地から南方約四〇メートルの距離に位置する南北五二メートル、東西二六メートルの長方形の土地であるが、東側は幅員約3.4メートルの道路に、北側は川幅約1.2メートルの用水に各接していて、境界には、塀、柵等の設置はされていない。そして本件現場の西側及び南側一帯はすべて水田であり、右吉川団地の他には周囲に人家はない。

(二)  本件事故当時、本件現場付近の用水路では子供達がしばしばザリガニ釣りなどして遊んでいた。

(三)  被告曙興業は、昭和五四年四月初め頃から本件現場に残土を運び、埋立工事を行なつていたが、被告曙興業の従業員であり本件現場の責任者であつた鈴木教彦は、同年五月二日、残土中のコンクリート破片等を埋めるために、東側3.8メートル、南側3.2メートル、西側2.4メートル、北側3.3メートル、最深部1.7メートル(底部は擂鉢状に勾配がつけられている。)の変形台形型の本件穴を掘つた(鈴木教彦が本件穴を掘つた事実は原告らと被告曙興業との間に争いがない。)。そして、簡単に埋め戻すことができるにもかかわらず、これをそのまま放置し、本件穴の周囲に防護柵を設置することも、本件穴の存在を知らせる立看板等を設置することもしなかつた(本件現場に、防護柵の設置等がされていなかつたことは、原告らと被告曙興業との間に争いがない。)。

(四)  本件事故当時、本件現場の東側道路沿い及び西側の両側には、それぞれ幾つかの小山状に五メートルから六メートル位の高さに残土が山積みされ、北側から三分の二位は残土が埋めてあり、南側の残りの部分は水田の表面が出ていたが、南側部分には、濁つた水が溜まつていて、埋立てられていない部分に位置する本件穴付近では、地表面より約二〇センチメートル程度冠水していたから、本件穴の存在、深さ等は一見して分からない状態にあつた(本件事故当時本件穴に濁つた水が溜まつていたことは、原告らと被告曙興業との間に争いがない。)。

2 民法七一七条一項にいう「土地ノ工作物」とは、一般に土地に人工的作業を加えて作出したものを広く含むものと解されるから、右各事実によれば、本件穴が同条にいう「土地ノ工作物」に該当するものであることは明らかである。

3  前記各事実によれば、本件穴は一時的に掘られたもので、いずれは埋め戻されるべきものではあつても、いつ本件穴の存在を知らない者が本件穴に転落しても不審ではなく、一旦、人が転落した場合には、自力では容易にはい上がることもできない極めて危険な存在であつたものと認められる。

したがつて、コンクリート破片等を埋めるために穴を掘るにあたつては、当日の作業が終了した際に危険のない程度に埋め戻しておく必要がある(本件においてはそうすることが容易であつたのであるからなおさらである。)というべきであり、もし埋め戻さないのであれば、本件穴の周囲に転落防止の柵などの危険防止の設備を設置するか、あるいは、本件穴を埋め戻すまでの間、常時、監視員を本件現場に配置する等の措置をとる必要がある。

ところが、前認定のとおり、本件穴は埋め戻されることなく放置され、本件穴の周囲及び本件現場の周囲には何ら防護柵の類の設置はされていなかつたものであり、かつ、本件全証拠によつても、本件事故当日、被告曙興業において本件現場に監視員を配置していた事実を認めることはできない(却つて前掲鈴木証言によれば本件現場に作業員の外に監視員を配置したことはなかつた事実を認めることができる。)。

なお、本件現場の東側道路沿い及び西側の両側に存する山積みの残土を目して、本件現場及び本件穴への人の接近を阻む設備ということは到底できないし(現に、〈証言〉によれば、本件事故当日も、前記吉川団地の子供達が本件現場で遊んでいた事実を認めることができるのであり、本件現場のような場所が前記吉川団地の子供の遊び場と化すことは容易に想像できるところである。)、本件穴の底部に勾配をつけることで、本件穴に水が溜つていない状態での転落による危険を多少減じることができるとしても、それだけで十分な防止策を施したということができないこと勿論である。被告曙興業は、本件穴に水が溜ることを予測することはできなかつたと主張するが、〈証言〉によれば、本件事故当時は、本件現場付近の田は田植の準備が始まり、四月末頃から用水に水が流されていたことが認められ、そうだとすると、用水の田や水を入れた田の隣りの田に水が入りやすい状態であつたことは容易に推測することができたはずであるし、また、本件穴を放置している間に雨が降つて水が溜ることも十分考えられたにもかかわらず、前掲鈴木証言によれば、被告曙興業の従業員らは右のような可能性を予測したことがなかつたことが認められるから、結局、曙興業としては本件穴につき危険防止に十分な配慮をしたということはできない。

4 したがつて、本件穴の設置・保存には明白な瑕疵があり、この瑕疵によつて本件事故が発生したというべきである。

5  被告曙興業が、本件現場及び本件穴を占有していたことは原告らと被告曙興業との間に争いがない。

したがつて、被告曙興業は、民法七一七条一項本文によつて、本件事故による損害を賠償する責任がある。

6  次に被告染谷の責任について検討する。

(一)  被告染谷が、同人の所有する田を畑にするため、被告曙興業に本件現場の埋立整地を請負わせ、被告曙興業が本件現場及び本件穴を占有していたことは、原告らと被告染谷との間に争いがない。

(二)  ところで、民法七一七条一項にいう「土地ノ工作物ノ占有者」とは、直接、土地工作物を占有している者及び直接土地工作物を占有している者に対し指示あるいは命令をすることによつてその管理・支配を及ぼしている者ないしその管理・支配を及ぼすべき立場にある者をいうものと解するのが相当である。

そこで、被告染谷が右にいう占有者であつたかについて検討するに、被告染谷本人尋問の結果によると、被告染谷は、本件現場の埋立てを被告曙興業に請負わせたのちは、本件現場の埋立整地について特段被告曙興業に対し、何らかの指示をする、あるいは作業の進渉状況を監督する等していなかつたし、またすることのできる地位にいなかつたこと、及び本件穴の存在すら知らなかつたことが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、本件穴が専ら埋立整地の便宜上掘られたものであることは前記認定に徴し明らかである。

(三) 右事実からすると、被告染谷が直接本件現場及び本件穴を占有していたということができないことはもとより本件現場及び本件穴の直接の占有者である被告曙興業に対し指示あるいは命令をすることによつてその管理・支配を及ぼしている者ないしその管理・支配を及ぼすべき立場にあつたものということもできない。

したがつて、被告染谷は、本件事故について占有者としての責任を負うに由がない。

(四)  更に、被告染谷が本件現場の所有者であることは、原告らと被告染谷との間に争いがない。

ところで、民法一七一条一項但書は、土地の工作物の占有者が損害の発生を防止するに必要な注意をしたときに、所有者に損害の賠償責任を認めている。そして、被告曙興業が本件現場及び本件穴の占有者であつたことは、原告らの自認するところであり、かつ、被告曙興業において損害の発生を防止するに必要な注意をしたいということができないことは前認定の各事実に徴し明らかである。

したがつて、原告らの被告染谷に対する請求は、右法条の要件を欠くことになるから、理由がない。

四損害

1  亡義幸の損害

(一)  逸失利益

亡義幸は、前記のとおり、本件事故当時八歳の男児であり、本件事故によつて死亡しなかつたならば、少くとも一八歳から六七歳までの四九年間就労することができたものと考えられる。

そして、右期間中毎年平均して少なくとも昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表の新高卒男子労働者の平均賃金である年収金三二九万九一〇〇円の収入を得ることができたというべきであるから、右収入金額から生活費として五割を差引き、年五分の中間利息の控除方法としてライプニッツ式計算方法(係数11.154)を用いて、亡義幸の死亡当時の逸失利益の現価額を算定すると、金一八三九万九〇八〇円となる。

(二)  慰藉料

亡義幸自身の慰藉料については、本件事故の態様、その他諸般の事情を考慮して、これを金四〇〇万円と認めるのが相当である。

(三)  相続

原告戸張勝が亡義幸の父であり、原告戸張あけみが亡義幸の母であることは前記のとおりであり、原告らが亡義幸の右損害の賠償請求権の各二分の一(金一一一九万九五四〇円宛)をそれぞれ相続した事実は、弁論の全趣旨によりこれを認める。

2  原告らの損害

(一)  葬祭費等

本件においては、原告らが亡義幸の父母として、亡義幸の葬祭費等に出捐した金員の額を確定すべき的確な証拠はないから、亡義幸の病院代、葬儀その他に要した費用は金五〇万円と認めるのが相当である(原告ら各自金二五万円宛)。

(二)  慰藉料

原告らが、突如としてその子亡義幸を喪い、そのため甚大な精神的苦痛を被つたであろうことは、想像にかたくない。右事実に本件事故の態様その他諸般の事情を総合考慮し、原告ら各自の慰藉料額は、金四〇〇万円と認めるのが相当である。

3  過失相殺

ところで、本件現場が被告染谷所有にかかる土地であることは前記のとおりであり、前記認定の本件現場及び本件穴の状況並びに前掲土屋証言、同佐藤証言に照らせば、本件現場、特に本件穴付近が危険な場所であることは明らかであつて、その危険は、八歳の亡義幸にとつても十分認識可能であつたと思われるから、右のほか諸般の事情を考慮し、過失相殺によつて損害の四割を減じるのが相当である。

4  したがつて、原告らが被告曙興業に対し請求し得べき損害額は、各自金九二六万九七二四円となる。

5  弁護士費用

原告らが、本件訴訟を追行するため代理人を選任したことは記録上明らかであり、本件事案の難易度、審理経過及び右認定額(但し、後記の三〇万円を除く)等の諸般の事情を総合考慮し、弁護士費用として金二〇〇万円(原告ら各一〇〇万円宛)の範囲で本件事故との相当因果関係を認める。

五むすび

以上の次第で、原告らは各自被告曙興業に対し本件事故に基づく損害賠償請求権金一〇二六万九七二四円を有するところ、被告曙興業が本件事故による損害の一部として金三〇万円を原告らに支払つたことは原告らの自認するところであるから、本訴請求は、原告ら各自についてこれを右金額より差し引いた(原告ら各金一五万円宛)金一〇一一万九七二四円及びうち弁護士費用を除く金九一一万九七二四円に対する本件事故の日である昭和五四年五月六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、被告曙興業に対する請求を正当として認容し、右被告に対するその余の請求及び同染谷に対する請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(手代木進 一宮なほみ 綿引穣)

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